Dhammacast: 2006年10月アーカイブ

「瞑想中に見える現象/認識は勝手に作られる」(17分51秒)をダウンロード

DSC_0268アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。

瞑想中に見える現象(幻覚)について/認識は勝手に作られる
(2005年10月06日、上座仏教教室(谷中法蔵館)での質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「好ましくない環境が人を育てる/人の性格は刻一刻変わる」(20分30秒)をダウンロード

DSC_0268アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。

好ましくない環境が人を育てる/人の性格は刻一刻変わるもの
(2005年10月06日、上座仏教教室(谷中法蔵館)での質疑応答より)

関連キーワード:慈悲の瞑想

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「幸福観を大転換する瞑想」(13分04秒)をダウンロード

今宵は中秋の名月。ゴータミー精舎では『満月の集い』の瞑想会が開かれました。

ヴィパッサナー瞑想修行に役立つ、アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングをお届けします。

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幸福観を大転換する瞑想

「ヴィパッサナー瞑想では妄想を断つ訓練をします。それによって智慧が現れてきます。妄想を断つことによって、組み立てられ合成されたものではない、ありのままのデータが見えてきます。無常であること、自我は幻想にすぎないこと、そういう存在のカラクリが見えてくるのです。それが悟りの第一段階です……」瞑想が進むことによって現れる、幸福観の大転換について簡潔に語られます。
(2005年9月23日、上座仏教教室(千駄ヶ谷区民会館)での質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「読経やお寺参りは必要ないの?」(16分11秒)をダウンロード

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。

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読経やお寺参りは必要ないの?

質問:「悟りを得るために一所懸命瞑想することを習いました。それでは、読経やお寺参りなどは、一切必要ないということでしょうか?」

答え:「それは文化ですからね。仏教的な文化です。我々は“文化人”だから、そういう事はやらないといけない。でも、『それこそが仏教だ』と思ったら、それは間違いなんです。仏教的な習慣であり、文化です。文化を否定してしまったら、人間としてこの世界で生きていられません。」
(2005年9月23日、上座仏教教室(千駄ヶ谷区民会館)での質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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