Dhammacast: 2006年9月アーカイブ

「第2回初期仏教講演会Q&Aより」(35分55秒)をダウンロード

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2006年9月23日に開催された第2回初期仏教講演会 講師:A.スマナサーラ長老『あきらめるのはまだ早い~「大失敗」を「大逆転」しよう~』(オリンピック記念青少年センター大ホール)は大盛況のうちに終了しました。今回のDhammacast では、講演会第2部、質疑応答のハイライトをお届けします。

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Q1 悟りとはいったい何ですか?
Q2 いまの瞬間を重視する仏教の立場から「計画を立てる」意味とは何ですか? また、計画を立てる上で気をつけるべきポイントを教えて下さい。
Q3 解脱・悟りを目指すうえで整えるべき原因とは?
Q4 ちょっと聞くのが怖いんですが……長老は悟りの境地に達しているの?
Q5 ブッダの瞑想法について説明してもらえますか?

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「ブッダはパーリ語で説法したのか?」(17分45秒)をダウンロード

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。

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ブッダはパーリ語で説法したのか?

質問:「日本の仏教学者は『パーリ語はお釈迦さまが直接使った言葉ではない』と言うのですが、テーラワーダの伝統ではどう解釈しているのでしょうか?」

答え:「そんなの明確です。テーラワーダで『パーリ語はお釈迦さまの使った言葉だ』というのは当たり前のことです。……」

パーリ語とは一体どんな言葉なのか?なぜパーリ聖典だけが完全に伝えられたのか?仏教が多言語主義をとる理由とは?(2005年9月23日、上座仏教教室(千駄ヶ谷区民会館)での質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「スリランカの仏教は完全ですか?」(14分50秒)をダウンロード

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。

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スリランカの仏教は完全ですか?

質問:「スリランカの仏教では、お釈迦さまの教えが完全に体系化されて、出家したお坊さんに教育されるようなシステムが完全に出来上がっているんでしょうか?」

答え:「完全という言葉は人間のすることには使えません。まぁ、人間のやることだから、そこそこっていう感じかなぁ。まぁ、口先ではみんな『解脱しなくちゃいけません』というけど、努力する人はほとんどいない。何とかお祭りして終わっちゃうんです。しかしスリランカの特色っていうのは、個人の自由を尊重するという事なんです。……」

テーラワーダ仏教の国スリランカでの仏教のあり方、「道を求める人」の特徴、長老の出家にまつわる話など。(2005年9月23日、上座仏教教室(千駄ヶ谷区民会館)での質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「“やりたいこと” か?“やるべきこと”か?」(12分52秒)をダウンロード

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。

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“やりたいこと”か?“やるべきこと”か?

「……何かをするとき、自分がそれをやりたいか、やりたくないか、ということを判断基準にしないことです。それでは善い人間にはなれません。一方、やるべきこと、というのは“必要なもの”なのです。(善い人間になるためには、)“必要なものならやる”というふうにしないといけません。では、何かを“やりたくない”という状態はどういうことなのでしょうか?これには個人差があります。私にだってありますよ、やりたくない、ということが……」(2005年9月23日、上座仏教教室(千駄ヶ谷区民会館)での質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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