Dhammacastの最近のブログ記事

無縁社会と絆~現代社会の歪みをお釈迦さまの視点で見てみよう~(1h53m46s)をダウンロード

今月のDhammacastは去る2012年3月25日(日)に北九州市立男女共同参画センター(ムーブ)で開催されたアルボムッレ・スマナサーラ長老の講演会「無縁社会と絆」の音声を配信いたします。

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「笑っちゃおう」「笑顔で生きよう」というのは仏道なんです。如何なるものにも揺らがない心を持つこと、すべては無常であると認めて落ち着いて生きるということです。それが仏道そのものなんですね。仏道とは、何が起きてもニコッとこころから笑える心を育てることなんです。私たちには、美しい笑い、優しさにあふれる笑い、すべての生命が幸福であって欲しいという気持ちから生まれる「笑い」が必要なんです。」(当日の質疑応答より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
人間関係~人はわがままです~(1h33m40s)をダウンロード


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久しぶりのDhammacastです。最近はUstreamでの動画配信が多くなってきましたが、音声配信も折を見て続けていきたいと思います。

今回はリクエストにお応えして、以前カセットテープで頒布されていたスマナサーラ長老のご法話をポッドキャスト配信いたします。1997年頃に大阪で行われた講演です。

「人間関係で失敗する人、成功する人。その差はどこから生まれるのだろうか。人間の根底に潜んでいる心の秘密を探り、人間関係を円滑にするための方法を説いた大阪講演のカセット」(当時のカタログより) 

※ボランティアの方のご協力で、ノイズ除去したファイルに更新しました。よろしければ再ダウンロードしてください。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
施本PDF『アビダンマ基礎講座の参考書』(765KB)をダウンロード

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●施本のご案内

アラナ精舎在住のウ・コーサッラ西澤長老が全国で開講している「アビダンマ基礎講座」受講者向けに書き下ろされた参考書をPDFで公開いたします。リンク先からダウンロードして自由にご利用ください。

冊子版にあった誤記も修正されています。すでに冊子版をお持ちの方は『アビダンマ基礎講義の参考書』冊子版の正誤表(PDF)をご覧になってください。


●アビダンマ講義のご案内

ウ・コーサッラ西澤長老のアビダンマ基礎講義の動画はyoutubeでも公開されています。こちらこちらのチャンネルまとめて視聴できます。

また、ゴータミー精舎でのアビダンマ基礎講座の音声をポッドキャストでも聴取できます。iTunes からダウンロードできます。 iTunesが利用できない方は、こちらでも聞いたりダウンロードしたりすることが可能です。

ウ・コーサッラ西澤長老が翻訳された『Vipassanaa Q&A マハーシサヤドーと現代のヴィパッサナー瞑想法』(マハーシ大長老・述/ダンミカーヴィワンサ長老・編)もPDFで公開されています。こちらもぜひご参照ください。

※これらPDFファイルの商用利用や他サイトでの再配布、改変は固くお断りいたします。


~生きとし生けるものが幸せでありますように~

※施本は刊行の趣旨に賛同された人々のご喜捨で制作されています。次回刊行に向けてご協力頂ければ幸いです。【協会のお布施窓口

※本コーナー開設以前に掲載したPDF文献については協会HP内「PDF文庫/折々の法話より」で御覧頂けます。

怒りの無条件降伏~中部経典21「ノコギリのたとえ」講義~(1時間59分)をダウンロード

今回のダンマキャストでは、以前協会からカセットテープで販売されていたスマナサーラ長老の経典解説を配信いたします。お釈迦さまが比丘たちに「怒りの克服」について迫真の喩え話で説法された中部経典21「ノコギリの喩え」(Kakacūpamasuttaṃ,鋸経)を取り上げます。この講義はのち2004年に『怒りの無条件降伏 中部経典『ノコギリのたとえ』を読む』(日本テーラワーダ仏教協会)として単行本化されました。

古いカセットテープからのデジタル化音声のため、音声レベルにムラがあったり、ノイズが強い箇所もあります。予めご承知下さい。

怒りの無条件降伏--中部教典『ノコギリのたとえ』を読む
アルボムッレスマナサーラ 日本テーラワーダ仏教協会出版広報部
日本テーラワーダ仏教協会 (2004/07)
おすすめ度の平均: 5
5 怒りから慈悲へ
5 『慈経』に匹敵する好著

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
輪廻転生と因果法則~幸福になるための心の管理法~(64分)をダウンロード


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2011年9月10日、法話と冥想の会(ゴータミー精舎)でのスマナサーラ長老ご法話を配信いたします。

「輪廻転生、業、宇宙のこと、心の働き。この四つは人間の知識範囲では、いくら調べても知り尽くすことができない、とお釈迦さまは説かれました。この四項目は放っておいて下さいと。

では我々は何を調べるべきなのかというと、お釈迦さまは『自分の人生を調べて下さい』と説かれたのです。

私は何者か、何をやっているのか、何を考えているのか、いったい生きているとはどういうことか、とかね。そこで自分を知り尽くしたところで、自分を乗り越えて解脱に達することができますよと。それをできれば全部知ったことになりますよと。

自分が何者かと調べる人にとっては、お釈迦さまが放っておけと言った四項目についても、よくわかってきます。なるほど、こういうことかと理解できるのです。

お釈迦さまは因果法則、因縁論というものを説いたのです。この因果法則に、すべてが入っているのです。輪廻転生は人間には知り得るものではありませんと説いたのですが、輪廻転生も業も、因果法則なのです。

ですから私たちは何をするのかというと、因果法則を学んでみるのです。学んでみると証明できるものは自分で実証してみるし、理論で達せるものは理論で達してみるのです。」(法話メモより)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
DhammaStream(ダンマストリーム)では、動画配信サイトUstream(ユーストリーム)を利用して、スマナサーラ長老の法話・講演会の生放送や日本テーラワーダ仏教教会の法要・祭典の様子を生放送&録画配信しています。



トップページでは、生放送時に動画がリアルタイム配信されます。

「過去のライブ一覧」から、過去の法話ビデオを閲覧できます。


Video streaming by Ustream
録画日時 : 2011/05/22 20:14 JST
釈尊成道2600年記念ウェーサーカ法要≪東日本大震災追悼と早期復興を願って≫ 記念法話
(古い動画は順次削除されますので、お早めに御覧ください)

Dhammastreamの放送予定については、Twitterアカウント@DhammaStream にてお知らせします。ぜひフォローして下さい!

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
ヴィパッサナー瞑想の真髄~ヴェーダーンタ協会での講演より~(1時間58分43秒)をダウンロード

 

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久しぶりのDhammacastです。

去る2011年7月30日、スマナサーラ長老がヴェーダーンタ協会の戸外夏期リトリートに特別ゲストとして招かれた際の講演音声を配信いたします。

御岳山(東京・奥多摩)上の清らかな空気のなか、リラックスした雰囲気でヴィパッサナー瞑想のエッセンスが語られます。

参加者の皆様との質疑応答を交えながらの、かゆいところに手が届くような講演になっていると思います。

ヴェーダーンタ協会のHPに講演当日の写真が掲載されています。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~


五宝寺はなまつり法話「楽に生きるための真理」(1時間16分01秒)をダウンロード

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去る4月16日に高知県宿毛市の五宝寺(高野山真言宗)で行われたスマナサーラ長老「はなまつり法話」と質疑応答の音声ファイル(MP3)を配信いたします。

「生きる事は苦ですただでさえ苦しい人生を
よけい苦しくするような生き方はやめて、どうすれば苦がなくなるか?と工夫して生きるべきです。ブッダは私たちに、『こうすれば楽です、こうすれば究極に楽になりますよ』と、教えてくれたのです。」(法話メモより)

 

~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
「落ち着き」だけが「私のもの」になる(1時間26分17秒)をダウンロード

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今回のDhammacastは2011年3月13日(日)にゴータミー精舎で行われたスマナサーラ長老のご法話とQ&A音声を配信いたします。東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波被害にも触れた内容になっています。以下は法話部分のメモです。

 
お釈迦様は人間にどれぐらい精神力・能力があるか、災難の時に分かると仰いました。
智慧があるないか、問題が起きたときに分かると。落ち着きがあって、問題を解決できる能力・精神力があるかどうかは、災難の時に見えますよと。
それはどういうことかというと、何があっても悩むなかれ、ということです。悩んだり落ち込んだりすると何にもならないのです......。
いろいろな事が人生で起こります。我々は自然は管理できない。自然に任せた生き方をしないといけないし。自分のものでないものはぜんぶ他人のものだから、外のものだから、どうなるか分からないんです。
日本の歴史のなかで一番、たいへんな災害が起きているとき、......これほどの災害はかつてなかったのだから......そこで分かることは、何があってもあっけなく消えてしまうんですね。人間の力は何にもならないんです。だから、お釈迦様の言葉を借りれば、「自分でないもの」なんです。すべて「私のものではない」ということなんです。
この身体もそうなんです。自分のものではないんです。自然の関係なんです。我々がどこで悩むかというと、この「自分のものでない」ものに対して、やけに悩むんですね。やけに悲しむんですね。 
......
ある日お釈迦様が森の中で比丘たちと一緒にいました。
 「あんたがたに、この森が見ええますか?」
 「お釈迦様、見えますよ。」
 「この森の木は風で倒れたり、村人が薪のために持って行ったり、動物たちが食べたり、風で倒れたりする。あなた方はそれを見て、『ああ、たいへんだ。私が倒れているんだ、私のものを持って行くんだ、私のものを食べているんだ』とか悩みますか?」
 「いえ、ぜんぜん悩みません。」 
「なぜ?」 
「いえ、森の木はぜんぜん私のものじゃないですから」 
お釈迦様は、
「それはそのとおりですよ。『私、私の、私のもの』というふうに言えるものというのは、存在すらしないのです。それが分かったら、あなた方のどこに悩み苦しみ落ち込みが生れるのか。」
と仰りました。
だから、真理・事実は、「『私、私の、私のもの』と言えるものは、どこにも存在しない」ということなのです。
森の喩えで、お釈迦様はそれを教えたんです。
どこかで「私の」という言葉が絡んでくると、そこで悩みが生まれてくるのです。
......
(文責:佐藤哲朗)ツイッターでの法話実況中継メモはこちらで読めます。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
新年祝福法話~理性で生きることこそが吉祥です~(42分26秒)をダウンロード

 

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新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。2010年最初のDhammacast(法話音声配信)は元旦に行われたゴータミー精舎新年祝福法要での、スマナサーラ長老のご法話を配信いたします。

以下はTwitterでの実況です。実際のご法話の内容のニュアンスを汲み取っていない箇所もありますが、参考までに御覧ください。

2011年1月1日 ゴータミー精舎新年祝福法話「理性で生きることこそが吉祥です」アルボムッレ・スマナサーラ長老

仏教は迷信は無意味だと言っていますが、お祭りが無意味だと言っていないのです。一年の節目節目で気持ちを切り替えて新たに頑張るぞというお祭りすることの意味は認めています。しかしそれに余計な信仰をくっつけるのは反対するのです。

門松を立てるのはカッコいいけど、歳神様が門松をつけていないとその家を素通りしてしまうという迷信はちょっとおかしい。門松はカッコいいんだから飾りましょう、というのは仏教で反対するところではありません。

でも正月だからと酒のんで酔っ払ってばかりじゃ、まずい、と思うんですね。世の中の不幸を避けたいということで祝福を受けたりもします。テーラワーダ仏教では新暦の元旦は何もしない。仏教の人々には他にも充分祭りがありますから。わざわざ借り物の祭りはやりたくないと。

ウェーサーカ祭りもど派手にやるが悪いことは一切しない。酒屋も営業停止。食べる為に動物を殺すこともしない。その代わりに動物たちに食べ物を配ってあげる。野良犬たちにもお布施する。

祭りは仏教の人々は、他人に害を与えない事が祭りだと思っている。365日は無理でも、祭りの日だけでも他の生命に害を与えないようにする。職業的な漁師さんもその日は控える。日本の皆さんも罪ばっかり増える祭りをやっていると、それは不幸になります。

祭りだから罪を犯しません、祭りだから酒を飲みません、という風にした方がいいのでは? 御柱祭りもだんじりも、楽しいでしょうね。楽しいのはいいけど、酒を飲んだり喧嘩したりして心を汚すと不幸になる。祭りの後で酷い目にあうという事もあり得るのです。

新年や誕生日などお祝いするべきなんでしょうか? 人生が一年終わってしまった、残りが短くなりました、ということも考えるべきなんですね。自分の人生の長さを考えるというのは、理性的に生きることなのですね。

理性的に生きることが最高の吉祥であると、(いま唱えた)吉祥経にもありますよ。第一の項目に、悪人と付き合わない、理性的な人と付き合う、目上の人を敬う。これに勝る吉祥はないのだと。

縁起担ぎのおせち料理を食べて幸福になるわけではない。(幸福になりたければ)悪い人と付き合うなよと。周りの環境によって自分の気持ちも変わるんです。人間の心はそういうもの。やはり誰の影響を受けるのかということを選ばないといけない。心は受信機になっている。

何を受信するか分からないのだから、よい人と付き合いさないと、釈尊がおっしゃっている。現代人に嫌われることも言っています。知識・技術を学びなさいと。それだけでもその人は幸せになります。何を技術を得ている人はそれだけでも一生生きて行ける。仕事を頼まれる。

様々な項目をまとめると、理性的に生きることは最高の吉祥である、ということになるのです。今日の機会に、理性に基づいて生きるということを考えてみてください。

経典から、思いつくままに言います。住む環境を選ぶということ。自分が何をして生計をたてて生きて行くのか、ということに適した場所を選んで生きる。一箇所にしがみついて生きる必要はないのです。それから、いつでも自己制御していること、両親や親族の面倒をみることも吉祥であると。

年をとってくると、世間のなかの名声というのはつねに変化して流れて行くんですね。毀誉褒貶の浮き沈みは避けられない。それに心が揺るがないこと。それからブッダの教えを学ぶこと。世の中の事柄というのは一つも当てにならないんです。

人間は歴史的に見ても、変なことばかりしている。そういう知識を学んでも理性が育たない。迷信が固まるだけ。だから迷信を片っ端から壊すブッダの教えを学んだ方が人間にとっては幸せだと思います。

国際関係でも領土問題などがありますね。人間というのは仲良くすべきなんですが、それを 措いて、岩一つのためにケンカばかり。国際紛争と言っても大騒ぎする様な問題はない。感情と無知とものすごい執着があるから、問題が起きる。人間は信じられないバカなんです。

人間はほんの数十年しか生きていないのに。みるみるうちに消えてしまうのに。家族も子供もどんどん変わっていく。決して逆戻りはしない。自分がもうすぐ消えなくてはいけないと分かるんです。自分がほんの一時期しかこの世界に居ないと分からないから争いが耐えない。

お釈迦様は慈しみで生きていた。つまらない事で足が引っかかって不幸になっている人々を見て、ああ可哀想だなと。純粋な哀れみ(大悲)のみで活動された。それはお釈迦様だけ。世の中に哲学者や宗教家がたくさんいますが、裏をみるとみんな怪しい。

架神恭介さんという方が『完全教祖マニュアル』(ちくま新書)という本を書いた。お笑い芸人みたいな感じの本ですが、中身はしっかり調べて書かれてる。教祖になりたければ、何か人の言葉をパクってテキトーなことを言ってしまえばいいんだと。それで誰かが信じてくれますよと。世の中にある宗教というのは、その通りにできています。

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

理屈なんか通っていなくてもいいんだと。ワケの分からない支離滅裂なことを喋っても、後から知識人ががんばって勝手に膨大な理論をつけて正当化してくれますよと。それを読んで、私は『聖書』を思い出したんです(笑)。

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釈尊は仏弟子にも、完全な慈しみで生きることを説いた。神社の御守は何の役にも経ちませんが、御守にするというならば、『慈悲の瞑想』こそが最高の御守になるんです。糸を巻いたからといって守られるか分かりませんが、慈しみで生きるならば、断言的に守られます。たとえ自分を恨んで、カラクリして陥れようという人がいても、効き目がないんです。

慈しみは最高のガードになります。慈しみを強化すると自分の中から(業から)出てくる不幸も抑えられるのです。

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一年のはじめには「今年の計画」を立てたりするものですが、一年一年という単位は人間にとって長すぎるのです。一年単位で計画を立ててもうまく行くか分からない。計画なんて、無いと言った方がいいんです。仏教的な勝負は一日計画です

一日単位だったらそう大胆に変わる事はない。一日一日で勝負する。一日の計画で生きることを理性的で、成功する生き方です。失敗しタッて対した事は無い。大雪で立ち往生した人々もそれに忍耐した事を自慢出来る。計画は果たせなくても、それがかえって面白くなる。

阿羅漢たちがよく唱えたBhaddekaratta-gatha(「日々是好日」偈)という詩がありました。きょう一日だけでも怒らないようにするぞ、と頑張れば、その人は成功します。いろんな事が起こっても、きょうは感情的にならないと決めたんだから、と抑えれば、一日で怒りの病気が治ります。

悩みと縁のない生き方―「日々是好日」経

神様の話とか、希望を叶える壺の話とかの方が面白いかもしれませんが(笑)。理性的に生きることが最高の吉祥である、というお釈迦様の言葉を「お年玉」として持ち帰って、どうぞ幸福な一年をお過ごしください。(メモ文責:佐藤哲朗)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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