法話の記録: 2006年4月アーカイブ

Srifes あるのは原因と結果だけです。原因をそろえればそれに見合った結果が出てくるのです。目的に達するための情報を集めて、原因を与えてあげる、原因が揃ったら結果が出ます。

“「私が」やりました。「私のもの」です” というのは極端に無知な思考です。一切は、因果法則で成り立つのみです。

農業と同じことです。お百姓さんは種をまいて、たくさん収穫できるように原因をそろえるのです。「『私が』芽を出させる」ことは決してできないのです。 次の言葉を覚えておいてください。

ないのは自分。あるのは因縁。
私はない。あるのは因果法則。

瞑想がうまくいかないのは自我意識が強すぎるからです。
いつでも、“「私がいる」と証明してやろう” と瞑想するから、結果はゼロなのです。

ブッダに従って、「私はない。あるのは因果法則」という前提で生きてみましょう。
そうすれば生きるのは楽になります。「なんで私が…」というストレスから解放されます。

勿論、生き方の前提に、いつか自分自身で「証明」を出さないといけません。 自分で悟らなければいけません。
「私がない。あるのは因果法則」という前提で生きているなら、心に余裕があるから、真理の「証明」も出しやすくなるのです。

(A.スマナサーラ長老 四月八日『ダンマパダ(法句経)』講義のメモより)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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