施本PDF『パパンチャ(Papañca) ~ヴィパッサナーで破るもの~』

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スマナサーラ長老のヴィパッサナー冥想指導での重要な法話を元に制作された施本をPDFで公開いたします。

本書は山口県・誓教寺様の法施として2007年7月に刊行された作品です。編集されたのは誓教寺坊守の藤本竜子様。ダウンロードしてご自由にお読み下さい。

※このPDFファイルの商用利用や他サイトでの再配布、改変は固くお断りいたします。

ヴィパッサナーという高速道路
(本文より)

 これから瞑想の時間です。

 「あぁ、瞑想か。それならよく知っている。」という気持ちになると思います。西洋の人々もメディテーション(meditation)ならいろいろ方法を知っているという態度になります。なぜ、ひとは瞑想に興味を持つのでしょうか? たいていの人々は、仕事が上手く捗って、精神的なストレスは少なく、また楽しい気分でいたい、と思って瞑想に興味を持ちます。たまに、東洋の神秘に挑戦してみたいという、かつての開拓主義の生き残りの方々もいれば、西洋人の間で人気があるからという理由で、日本でも座禅に興味を持つ人々もいらっしゃる。というわけで、瞑想と言えば「気分を良くするための少々変わった方法」という意味で理解されているのです。「気分さえ良ければ、人々の間で人気さえあれば、どんな瞑想でもかまわん」というのがクールな人間の常識です。

 しかし、残念です。ヴィパッサナー瞑想は普通の瞑想とは違います。徹底的に違う瞑想です。

 瞑想(meditation)では、何か一つの対象に集中して、こころの統一能力を磨き上げます。落ち着くとか、気持ちが良くなるとか、楽になったとか、仕事が集中してできるようになったとか、神秘体験を得たとか、いろいろ結果もあるようです。

 では、ヴィパッサナー(vipassanā)とは何でしょうか? 「観察する(observe)こと」です。対象一つを選んでそればかりを観察したり、念じたりするのではありません。ありとあらゆる現象を観察することです。存在とは何か、生きるとはどういうことか、生きる意義は何か、何のために生きるのか、いったいこの世とは何なのか、それを発見しよう、生きる目的に達しよう、一切の苦を乗り超えて不死なる境地に到達しよう、という目的で全てを総括的に観察しなくてはならないのです。 「スケールが大胆で、大き過ぎじゃないの?」「まったくだ。スケールがあまりも大き過ぎです。叶うはずはありません。」そう思われるに違いありません。

 いいえ、心配は無用です。お釈迦様が全てコンパクトに整理整頓して語ったのです。さらに、人間に必要でないものと、欠かせない必要なものに区別して、「必要不可欠なもののみに挑戦するように」と説かれているのです。それから、その方法もとてもシンプルです。

 方法と言うなら、これは最短距離で、カーブ一つもない、直線の道なのです。ヴィパッサナーという高速道路に入れば(通行料もなし)、出口は解脱・涅槃・悟り・究極の幸福・一切の苦しみの終焉というところです。複数の目的を挙げましたが、看板の名称が違っても、結局は同じ場所です。得られる結果は皆同じです。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

※施本は刊行の趣旨に賛同された人々のご喜捨で制作されています。次回刊行に向けてご協力頂ければ幸いです。【協会のお布施窓口

※本コーナー開設以前に掲載したPDF文献については協会HP内「PDF文庫/折々の法話より」で御覧頂けます。

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このページは、naagitaが2011年9月16日 19:42に書いたブログ記事です。

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