2011年3月アーカイブ

201104patipada_f.jpg『パティパダー』2011年4月号PDF版(14MB)をダウンロード

日本テーラワーダ仏教協会の月刊機関誌『パティパダー』2011年4月号のPDF版を公開いたします。

毎月、協会会員の方を中心に日本全国に郵送しているパティパダーですが、3月11日に発生した東日本大震災による配送網の寸断等の影響で、東北六県を中心に読者にお届けできなくなっております。

交通の回復次第、改めてお届けしますが、郵便物が届かない地域の方々には、まずはPDF版をご覧頂ければと存じます。その他の方も、ごうぞご自由にダウンロードしてお読みください。

ファイルの冒頭には、先日当ブログで公開した「東日本大震災で被災された皆様へ スマナサーラ長老からのメッセージ」を掲載しました。(配送した4月号にもコピーを封入。)

なお、スケジュール欄は3月11日の震災以前に作成したため、今後変更する可能性があります。お出かけの前にはご確認いただければ幸いです。基本的に、最新情報は協会ホームページのスケジュール欄に掲載しています。

本誌パティパダーに掲載されたテキストが、震災とそれに引き続く様々な困難に直面している方々の心の支えとして、少しでも役立ちますようにと祈念いたします。

日本テーラワーダ仏教協会 パティパダー編集部一同


~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~

アルボムッレ・スマナサーラ長老から、東日本大震災で被災された皆様へのメッセージが届きました。日本テーラワーダ仏教協会の小西淳一会長からのお見舞いの言葉とともに掲載いたします。

                           

東日本大震災で被災された皆様へ
災害に遭遇した時の心構え

 日本史上最大の災害に見舞われている皆様に励ましの言葉をかけてあげたいと痛感していますが、災害の過酷さを知った瞬間から私自身のこころも茫然となってしまったので、どのような言葉を選び申し上げればよいのかとまったく思い浮かびません。今も思考が完全に停止した状態でいます。凄まじい自然災害の上に、原子力発電所の事故にまでさらされているのです。

 しかし、日本の状況についての諸外国の人々の感想を読んでみると、精神を強く持つことができると思います。被災者の皆様方が感情的にならずに状況を冷静に判断して、理性的な行動をとっていることは、奇跡的な対応であるとしか言いようがありません。私は、常日頃、ふつうに平和に生活している皆様のこころに、常識を超えるほど落ち着きと強さが秘められていることを実感しました。いかなる災害に見舞われても、それを乗り越えられる力が日本の皆様に本来具わっているという、諸外国の方々の言葉はまさにその通りです。何を失っても、皆様方は強い精神という最大の宝物を持っているのです。

 それでも、二十四時間、大震災の関連情報が耳に入ると、胸が塞がって力が徐々に抜けてしまう可能性もありますので、決して精神的には落ち込まない、前向きに努力して「この不幸を乗り越えるぞ」と決意の思いを保ち続けてほしいのです。こころの落ち着きを揺らがないように保つ人に、乗り越えられない苦難はないという仏教の真理を覚えておきましょう。

 このような状況において、皆様のこころの拠り所になるよう、一切の苦しみを乗り越えることに成功したお釈迦様のお言葉を申し上げることにいたします。

Āpadāsu, bhikkhave, thāmo veditabbo, 
アーパダース ビッカヴェー ターモー ヴェーディタッボー
比丘たちよ、精神力があることは
災難に遭遇した時わかるものです。

 この言葉に対するお釈迦様自身の解説はこのようになります。

 親族が災難に遭った時、財産が被害を受けた時、病害に遭った時、ある人はこのように熟慮します。この世の中はこんなものである。この世も、この命も、八つの現象によって振り回されているものです。その八つとは、得すること、損すること、名誉、不名誉、非難を受けること、称賛されること、幸福になること、不幸になることです。この八つは世に対して、わが命に対して、常であると知るその人は、悲しまない、へこたれない、嘆かない、胸を打って慟哭したりしない、精神的に混乱に陥らない。(Aṅguttara Nikāya, Catukka nipāta, Mahāvagga, sutta No.2)

 被害に遭った日本の皆様方も、家族親族を失うことに遭遇しました。家屋と全財産を失うことにもなりました。仕事と職場もなくなりました。なにもかもなくなって、ひとりぼっちになってしまった方もおられます。世の常である八つの現象の、損することと不幸になることの二つに遭遇しました。それも耐えられるほどの程度ではありません。それでも皆様方は、奇跡的な冷静さで状況を受け止めて対応しているのです。お釈迦様がおられたならば、間違いなくお釈迦様が讃嘆なさる人格者でしょう。この際、被害には遭っていないが非難を受けて悩んでいる方々もいると思います。行政など、対策が遅れていると非難を受けている方々のことです。その方々も非難に対して悩んだり落ち込んだりしないで、非難をされることも世の常であると理解して、自分の命を二の次にして、苦しみに陥っている人々の救済活動にあたってほしいのです。自分たちも頼りになる人格者であると示す、今がその時だと思います。

 皆様方に「天罰」が落ちたわけではないのです。神様が怒ったわけでもないのです。かつて悪業を犯したから、その報いを受けたわけでもないのです。今の災害は誰のせいでもありません。自然法則なのです。いつだって私たちは、自然法則によって振り回されているのです。人間には自然法則を管理することはできないのです。大雪が降らないように、豪雨にならないように、干ばつにならないように、地震が起きないように、津波が起きないようにと、手を加えることは不可能です。我々は自然法則に従ってできる範囲で努力して身を守って生きているだけの存在なのです。人間のいかなる努力もきかない場合は、精神的に落ち込むのではなく、世の常であると理解して、冷静な態度をとるしかないのです。

 ですから、何を失っても、こころの落ち着きを失わないように、人格が乱れないように、こころが悩まないように努力することこそが、智者の生き方なのです。変わるものは変わるのです。なくなるものはなくなるのです。失われるものは失われるのです。世の常に対して、人は完全に無力なのです。一切は無常であることをこの機会に身をもって理解して、智慧を開発することができますようにと誓願いたします。老いと病に蝕まれ、衰弱して倒れたある人に向けて、お釈迦様は、「からだが病に陥っても、こころは病に陥らないように」とアドバイスされました。皆様方も何を失っても、こころはなんの被害にも遭わないようにと励まれるよう切望します。

三宝の御加護により早く復興できますように。

アルボムッレ・スマナサーラ

                           

日本テーラワーダ仏教協会
東日本大震災 被災者の皆様へのお見舞いの言葉

 去る三月十一日午後に発発生した東日本大震災により亡くなられた方々に哀悼の意を表するとともに、被災者の方々にこころよりお見舞い申し上げます。
 特に被災者の方々はご自分が危機をくり抜けたところに一瞬にして肉親、友人、知人と家財まで失われました。我が身に置き換えた時その悲しみは言葉になりません。
 今から私達ができることは、一人ひとりが慈しみのこころを持って被災者の方々に援助の手をさし伸べることを約束し、実行して行くことではないかと思います。
 そして、被災者の方々が自分たちには無限の仲間がいるから大丈夫、心配無いと、確信を持って下さるように精進して行くことかと思います。
 被災者の方々が一日も早くこの惨事から立ち直り、自信を取り戻し、こころを癒して下さることをこころから念願いたします。
生きとし生けるものが幸せでありますように。

平成二十三年 佛紀二五五四年 三月十八日
宗教法人日本テーラワーダ仏教協会
会長 小西淳一

                           

~生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように~
東北地方太平洋沖地震への緊急救援募金を拠出しました。
3月11日(金)午後に発生した東北地方太平洋沖地震と大津波、それに引き続く福島原発事故で被災された皆様に心よりお見舞いを申し上げます。また被災により亡くなられた皆様にお悔やみを申し上げるとともに、哀悼の意を表します。
宗教法人日本テーラワーダ仏教協会は本日、公益社団法人シャンティ国際ボランティア会(SVA) の緊急救援募金に100万円を拠出いたしました。今後とも被災者支援のために尽力する所存です。

平成23年3月16日 宗教法人日本テーラワーダ仏教協会

~生きとし生けるものが幸せでありますように~
「落ち着き」だけが「私のもの」になる(1時間26分17秒)をダウンロード

  DSC_0200.JPG

今回のDhammacastは2011年3月13日(日)にゴータミー精舎で行われたスマナサーラ長老のご法話とQ&A音声を配信いたします。東北地方太平洋沖地震とそれに伴う津波被害にも触れた内容になっています。以下は法話部分のメモです。

 
お釈迦様は人間にどれぐらい精神力・能力があるか、災難の時に分かると仰いました。
智慧があるないか、問題が起きたときに分かると。落ち着きがあって、問題を解決できる能力・精神力があるかどうかは、災難の時に見えますよと。
それはどういうことかというと、何があっても悩むなかれ、ということです。悩んだり落ち込んだりすると何にもならないのです......。
いろいろな事が人生で起こります。我々は自然は管理できない。自然に任せた生き方をしないといけないし。自分のものでないものはぜんぶ他人のものだから、外のものだから、どうなるか分からないんです。
日本の歴史のなかで一番、たいへんな災害が起きているとき、......これほどの災害はかつてなかったのだから......そこで分かることは、何があってもあっけなく消えてしまうんですね。人間の力は何にもならないんです。だから、お釈迦様の言葉を借りれば、「自分でないもの」なんです。すべて「私のものではない」ということなんです。
この身体もそうなんです。自分のものではないんです。自然の関係なんです。我々がどこで悩むかというと、この「自分のものでない」ものに対して、やけに悩むんですね。やけに悲しむんですね。 
......
ある日お釈迦様が森の中で比丘たちと一緒にいました。
 「あんたがたに、この森が見ええますか?」
 「お釈迦様、見えますよ。」
 「この森の木は風で倒れたり、村人が薪のために持って行ったり、動物たちが食べたり、風で倒れたりする。あなた方はそれを見て、『ああ、たいへんだ。私が倒れているんだ、私のものを持って行くんだ、私のものを食べているんだ』とか悩みますか?」
 「いえ、ぜんぜん悩みません。」 
「なぜ?」 
「いえ、森の木はぜんぜん私のものじゃないですから」 
お釈迦様は、
「それはそのとおりですよ。『私、私の、私のもの』というふうに言えるものというのは、存在すらしないのです。それが分かったら、あなた方のどこに悩み苦しみ落ち込みが生れるのか。」
と仰りました。
だから、真理・事実は、「『私、私の、私のもの』と言えるものは、どこにも存在しない」ということなのです。
森の喩えで、お釈迦様はそれを教えたんです。
どこかで「私の」という言葉が絡んでくると、そこで悩みが生まれてくるのです。
......
(文責:佐藤哲朗)ツイッターでの法話実況中継メモはこちらで読めます。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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