仏教の説く理想的な生活/人間関係の基本原則(Dhammacast)

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Dsc_4571Q:仏教の説く理想的な生活とは?

A:自分と家族、周りの人と仲良く暮らせること。十分財産があること。災害の備えがあること。社会に迷惑をかけずに貢献すること。何のためであれ罪は犯さないこと。そんなところです。

一般的には、人は「心の完成」までは目指さないでしょう。でも、いかなる場合でも罪を犯さないならば、もっと高いところを求めたくなるのです。テーラワーダ仏教の国では、仏教徒が五戒を守るだけではもの足りなくなったら、月に一度のウポーサタにでも八戒を守る。お寺で修行したり、説法聞いたりして、年を取ると次第に修行中心になったりするのです。

修行は、老後でなくてもいつでもできますよ。でも、「形だけ」で、自分が人と違うことをやってるんだと見せようとしたら、当然、周りから浮いてしまいます。周りに見せてやるぞとか、認められたいとか、世の中とオレは違うという煩悩が働くと周囲から浮くのです。「これが生き方だ」としっかりしていれば浮きません。

それから、何でも智慧が現れるようにと観察して生きる。観察者でいなければいけない。それも大事な瞑想です。サマタ瞑想では、俗世間とかみあわない。浮いたら困ると思うなら、いつでも智慧の瞑想に励むことです。感情が表れたら「なぜ現れたのか?」と見てみる。話をしていて、怒りがわいてきたなら、どの時点で怒りがわいたか、どんなアプローチなら怒りが沸かないかとか。それが、自分の役に立ちます。第三者の視点で観察するのです。

人間がはまっている煩悩の世界で、客観的に見られないことが自己観察によって見えてくるのです。どんなアプローチで生きれば幸福になるのか、あるいは反対に不幸になるのか。それを観察すると、自分の心が何となく悟りの方向に行くのです。

……お釈迦さまは、借金・ローン・分割払いには大反対です。釈尊が借金を認めているのは商売で投資するときのみです。金がないのに月賦で買うとか、仏教から見ると、情けない生き方です。社会人として生きるなら、いつでもいくらか備えあることが大切です。それと、宗教的には、自分が裕福になったとしたら、それは(善)業の回数券使ったことです。だったら収入の一部は寄付することは、もう一枚回数券買うようなことです。必ず収入の一部を寄付するのは、仏教的生き方です。まぁ、そんな程度です。

Q:人間関係の基本原則

A:全ての人間関係は契約でできています。それを理解している人はくじけません。しっかりと、「すべて契約」と覚えておいたほうがいい。人間関係の事実は、そんなものです。無条件の関係ということはないのです。それを理解しておけば、男女が別れるときでも握手して別れられます。離婚してからも悩んだりすることはありません。私たちは、しっかりした生き方しないといけない。解脱を目指して、ちゃんと瞑想に励むならば、それで仏法僧との契約が成り立っています。悪い事をしようとしてもできなくなるのです。完璧に安心して、修行できるようになっています。「私に手を伸ばした人は他に手を伸ばす必要ない」とお釈迦さまがは仰っているのです。無条件に自分を委ねていい対象といえば、仏法僧ですが(神なんかにゆだねたら大変なことになります)、その場合も、……やはり契約ですね。

(2008年3月20日初期仏教講義より メモ:佐藤哲朗)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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このページは、naagitaが2008年5月19日 19:56に書いたブログ記事です。

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