仕事の焦りをなくす方法・他

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Sumanasara

2月24日(日)、ゴータミー精舎ヴィパッサナー冥想と法話の会(スマナサーラ長老指導)での質疑応答メモです。

実況中継と感覚がずれてしまう
実況中継と感覚は一緒になるように、いつでも気をつけていなければいけない。それが挑戦です。「慣れた」と思うのは危険です。心は「いま・ここ」から脱線したがるのです。妄想したがるのです。心のからくりに負けないように。

慈悲の勘違い
「生きとし生けるものが幸せでありますように」と思ったからといって、その通りにならない。慈悲の冥想は自分の心を育てる修行です。自分が清らかな気持ちを育てることです。願ったら叶う、という神秘・迷信は捨てなければいけない。ブッダは加持祈祷や占いを「畜生にふさわしい生き方」と呼んで捨てたのです。慈悲は自分の心を育てる修行です。

儀式儀礼と宗教の違い
儀式儀礼は犬猫にもできます。宗教のあるべき姿は、心清らかになるようにと人を育ててあげること。心が命ですから。

他人を許せない
私は不完全であり、不完全な人間の中で生きているんです。しかし、私たちは、自分のことはすぐチャラにする。他人のことは決して許さない。俺はさんざん嘘つくがオマエはみじんも嘘つくな、という性格で生きています。これは、いかにだらしない性格かと気付かないといけない。どんなに侮辱されても恨みを抱かない人格者に、慈悲の瞑想でなれます。

世界を守る「親心」
子供の幸福を願う親の優しい気持ちで、世界は破滅せずに済んでいる。だから政府ではなく親に感謝すべきです。

子供に道徳を説く
仏教は善悪について普遍的な価値観を教えています。子供が生まれる前に親が真理を知っておけば子供は助かります。

仏教はフィルターを提供する
学校や社会や周りが何を言おうが、普遍的な善は行うべし。悪は止めるべし。周りの機嫌を損なわないために道徳を破ってはいけない。環境の中で生きている我々はフィルター持った方がいい。悪いものは受けず、善いものだけ受け入れるフィルター。仏教はフィルターを提供しています。

自由な教え
仏教は自由な教えです。道徳のフィルター持っているのだから、心を守っていれば大丈夫。(こころの)環境汚染を心配しないでどこでも行けます。他宗教と違って、仏教には「心の自由」があります。

道徳の基準
仏教の道徳基準は次のようなものです。自分の、周りの、一切生命のどれかの不幸になることだったらやめる。一部が幸福になって一部が不幸になることも止める。その上で、自分の、他人の、一切生命のいずれか~全体の幸福になることは行う(善行為にはレベルがある。他を不幸にしないならば自分の幸福を追求することが正しい。自・他の、自・他・一切生命の幸福に繋がる行為はより大きな善である)。何の幸福のためにしているか自覚する。それは善悪を「結果」で判断するフィルター。善悪を「心」で判断するフィルターは、貪瞋痴があるか否か。貪瞋痴が入った行為は悪。入っていない(不貪不瞋不痴)行為は善。行為の結果か、心の汚れか。二つのフィルターを使います。

質問の作法
質問する人のなかに、あらかじめ自分で二択・三択・YES/NOなど答えを設定する人が多い。それは答える人の自由を奪うことです。「自分の思考の範囲でしか答えを受け取らないぞ」という意志のあらわれです。質問しておきながら、答えを受け取る器を壊していることです。真理に対して、心を閉ざしていることです。残念ながら、ブッダはあなた方より遥かにレベルが高いのです。あなた方が考え付くような凡庸な答えは出さないのです。だから、自分から真理を受け取る器を壊してはいけません。

仕事の焦りをなくす方法
皆、焦らないようにしたい、落ち着きたいと思っています。しかし世間で言っている落ち着きとは、「無知の落ち着き」です。生命は本来無知だから、マンネリになりたいのです。それで頭がどんどん悪くなって、堅くなります。変化に対応できなくなるのです。自分という存在は、毎秒毎分新しい自分です。その都度、適応しないといけない。その都度、正しく適応できるなら正しい生き方をしているのです。仕事をしていたら、毎日問題が起ると思った方がいい。新しいわけ解らないことがあると覚悟しておけばいい。そうすれば、いつでも「期待通り」になりますから。それで最初の焦りが消えます。
次に、自分の目の前に時計を置いておくこと。最初の一分で何ができるか。次の一分で何ができるか。というふうに一分刻みで仕事をしていけば、何のことなく時間内に終わっています。焦らないのです。デジタル時計を見て仕事すると整理整頓されて効率があがります。なぜ焦るのでしょうか? 先のことを考えるから焦るのです。現実を見ると焦らないのです。現実を見て、順番でものごと見る人は焦らないのです。
新しいものごとに挑戦しようと生きる人は幸福になります。それが人間らしい生き方。
ワンパターンに生きようとすると不幸になるのです。それは動物の生き方だから。
「能力向上」の方法なんて成り立たないのです。正しく仕事をすれば、能力は勝手に生まれてくるものです。整理整頓法なんかもありません。勝手に整理されてくるのです。正しく仕事して能力向上する。それが正しい順番です。仕事することが能力向上の道です。

(文責:佐藤哲朗)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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このページは、naagitaが2008年2月26日 15:43に書いたブログ記事です。

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