2008年2月アーカイブ

Sumanasara

2月24日(日)、ゴータミー精舎ヴィパッサナー冥想と法話の会(スマナサーラ長老指導)での質疑応答メモです。

実況中継と感覚がずれてしまう
実況中継と感覚は一緒になるように、いつでも気をつけていなければいけない。それが挑戦です。「慣れた」と思うのは危険です。心は「いま・ここ」から脱線したがるのです。妄想したがるのです。心のからくりに負けないように。

慈悲の勘違い
「生きとし生けるものが幸せでありますように」と思ったからといって、その通りにならない。慈悲の冥想は自分の心を育てる修行です。自分が清らかな気持ちを育てることです。願ったら叶う、という神秘・迷信は捨てなければいけない。ブッダは加持祈祷や占いを「畜生にふさわしい生き方」と呼んで捨てたのです。慈悲は自分の心を育てる修行です。

儀式儀礼と宗教の違い
儀式儀礼は犬猫にもできます。宗教のあるべき姿は、心清らかになるようにと人を育ててあげること。心が命ですから。

他人を許せない
私は不完全であり、不完全な人間の中で生きているんです。しかし、私たちは、自分のことはすぐチャラにする。他人のことは決して許さない。俺はさんざん嘘つくがオマエはみじんも嘘つくな、という性格で生きています。これは、いかにだらしない性格かと気付かないといけない。どんなに侮辱されても恨みを抱かない人格者に、慈悲の瞑想でなれます。

世界を守る「親心」
子供の幸福を願う親の優しい気持ちで、世界は破滅せずに済んでいる。だから政府ではなく親に感謝すべきです。

子供に道徳を説く
仏教は善悪について普遍的な価値観を教えています。子供が生まれる前に親が真理を知っておけば子供は助かります。

仏教はフィルターを提供する
学校や社会や周りが何を言おうが、普遍的な善は行うべし。悪は止めるべし。周りの機嫌を損なわないために道徳を破ってはいけない。環境の中で生きている我々はフィルター持った方がいい。悪いものは受けず、善いものだけ受け入れるフィルター。仏教はフィルターを提供しています。

自由な教え
仏教は自由な教えです。道徳のフィルター持っているのだから、心を守っていれば大丈夫。(こころの)環境汚染を心配しないでどこでも行けます。他宗教と違って、仏教には「心の自由」があります。

道徳の基準
仏教の道徳基準は次のようなものです。自分の、周りの、一切生命のどれかの不幸になることだったらやめる。一部が幸福になって一部が不幸になることも止める。その上で、自分の、他人の、一切生命のいずれか~全体の幸福になることは行う(善行為にはレベルがある。他を不幸にしないならば自分の幸福を追求することが正しい。自・他の、自・他・一切生命の幸福に繋がる行為はより大きな善である)。何の幸福のためにしているか自覚する。それは善悪を「結果」で判断するフィルター。善悪を「心」で判断するフィルターは、貪瞋痴があるか否か。貪瞋痴が入った行為は悪。入っていない(不貪不瞋不痴)行為は善。行為の結果か、心の汚れか。二つのフィルターを使います。

質問の作法
質問する人のなかに、あらかじめ自分で二択・三択・YES/NOなど答えを設定する人が多い。それは答える人の自由を奪うことです。「自分の思考の範囲でしか答えを受け取らないぞ」という意志のあらわれです。質問しておきながら、答えを受け取る器を壊していることです。真理に対して、心を閉ざしていることです。残念ながら、ブッダはあなた方より遥かにレベルが高いのです。あなた方が考え付くような凡庸な答えは出さないのです。だから、自分から真理を受け取る器を壊してはいけません。

仕事の焦りをなくす方法
皆、焦らないようにしたい、落ち着きたいと思っています。しかし世間で言っている落ち着きとは、「無知の落ち着き」です。生命は本来無知だから、マンネリになりたいのです。それで頭がどんどん悪くなって、堅くなります。変化に対応できなくなるのです。自分という存在は、毎秒毎分新しい自分です。その都度、適応しないといけない。その都度、正しく適応できるなら正しい生き方をしているのです。仕事をしていたら、毎日問題が起ると思った方がいい。新しいわけ解らないことがあると覚悟しておけばいい。そうすれば、いつでも「期待通り」になりますから。それで最初の焦りが消えます。
次に、自分の目の前に時計を置いておくこと。最初の一分で何ができるか。次の一分で何ができるか。というふうに一分刻みで仕事をしていけば、何のことなく時間内に終わっています。焦らないのです。デジタル時計を見て仕事すると整理整頓されて効率があがります。なぜ焦るのでしょうか? 先のことを考えるから焦るのです。現実を見ると焦らないのです。現実を見て、順番でものごと見る人は焦らないのです。
新しいものごとに挑戦しようと生きる人は幸福になります。それが人間らしい生き方。
ワンパターンに生きようとすると不幸になるのです。それは動物の生き方だから。
「能力向上」の方法なんて成り立たないのです。正しく仕事をすれば、能力は勝手に生まれてくるものです。整理整頓法なんかもありません。勝手に整理されてくるのです。正しく仕事して能力向上する。それが正しい順番です。仕事することが能力向上の道です。

(文責:佐藤哲朗)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「聖者論」(20分54秒)をダウンロード

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・ワイドショー主義では聖者は見つからない。
・聖者は自分を売り込むことはしません。
・真剣に道を求める人が聖者と出会うのです。

(2008年1月24日ゴータミー精舎にて収録)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話をMP3ファイルで公開!ポッドキャスティング“Dhammacast”の現在までの配信リストです。

日本テーラワーダ仏教協会機関誌『パティパダー』2008年3月号(Vol.14 No.11(No.157))を本日発送いたしました。今日も精舎にはたくさんの方が発送ボランティアに駆けつけてくださり、たいへん賑やかで楽しい施行のひとときとなりました。3月号には三田新精舎着工記念の施本『偉大なる人の思考 Mahaa purisa vitakka』が同封されています。テーラワーダ仏教の日常経典として親しまれている経典『偉大なる人の思考 Mahaa purisa vitakka』をスマナサーラ長老が懇切に解説した素晴らしい内容の施本です。あわせてお読みいただければ幸いです。

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パティパダー3月号表紙(絵:酒主浄忍)

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『偉大なる人の思考』表紙

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中も二色刷り。イラスト(笛岡法子)も素敵です。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「中有(中陰)はあるのか?三明と六通・他」(28分42秒)をダウンロード

Sumanasara_kyoto 1)北伝仏教で「輪廻の中間地点」として説かれる「中有・中陰」について、テーラワーダ仏教の立場から解説を加える。

2)三明(宿命智・天眼智・漏尽智)と六通(神通力)について、修行との関係でどのように考えるべきかを詳述する。「超能力体験」を求める心の弱みと危険性を理解するために必聴。

3)慈悲の冥想と「対象のイメージ」について。

(2008年1月24日ゴータミー精舎「上座仏教教室」での質疑応答より)

「「欲」と「意欲」とはどう違う?・他」(33分16秒)をダウンロード

Dsc_0194 1月19日名古屋初期仏教デーにおける、スマナサーラ長老と参加者の質疑応答を3回に分けて配信します。(その3)

・「輪廻」とは、どう理解すればいいのでしょうか?
・「欲」と「意欲」とはどう違うのでしょうか?
・慈悲の冥想をしていると時々、「他人を見下ろす」ような気分になってしまうのですが……。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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