『無常の見方』の落とし穴・他

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Sumanasara

1月19日名古屋初期仏教デーでの、スマナサーラ長老と参加者の質疑応答を3回に分けて配信します。(その1)

◆『無常の見方』の落とし穴

冥想をしていると、「すべて無常だ」と見えてくることはあります。何でも無常だと見えてくるとたいへん落ち着いてきます。しかし「無常」を発見していくことにも、多くの段階があるのです。だから皆「無常だ」というけれど、それが悟りではないのです。

顕微鏡の倍率をどんどん上げていくようなものです。あげてもあげても見えるのは無常なのです。しかしレベルは違いますね。……無常を発見して悟りに達するという結果があるのです。結果が出るところまで、無常を見るレベルを上げていかないといけない。冥想する人は、その辺を手をぬいて、修行が終わったことにしたがるのです。指導者は、それを厳しく戒めることが仕事なのです。

自分の体験を至高のものと勘違いすると、途中で修行を放棄しようとする危険も起るのです。自分の体験への執着は「傲慢」のはたらきです。「実況中継」「気づき」は集中力を高めて妄想が入り込まないようにするための、修行の命綱、ガイドラインなのです。実況なんかしなくてもいいんじゃないか、というのはちょっと甘い話なのです。(命綱を離すとたくみに妄想が入り込んできます)

……冥想の途上では、「無常、無常」という言葉さえもこころが怠けるための妄想になる恐れがあります。現象をきめ細かく分別することなく、まとめて処理しようという怠けの気分が出てくるのです。「無常」という見方は、執着が消えてゆく方向に進まなければならないのです。頭でっかちは意味がない。むしろ徹底した執着になります。無執着になっていく、ものに捉われなくなっていく。その方向性ならOKなのです。

こころのプロセスは複雜です。我々が見たり聞いたりする感じたりすると(認識すると)、3種類の執着・とらわれが生れます。とらわれ方は、欲、怒り、無視(無知)の三種類ですね。だから煩悩が三つというのです。欲も怒りもとらわれ、執着です。では「無視すること」がなぜ執着なのでしょうか? 無視する人は外の見るもの聞くものに興味がないのです。その代わりに、こころのなかの怠けに、自我意識に執着しているのです。これが一番たちが悪い執着です。冥想して、「無常だ」と言っているときにも、「執着がない」からではなく、怠けに、自我意識に執着する、「無視しちゃおう」という傾向が出てきてしまうのです。これはたいへん危険なことです。

ものを認識すると、三種類の執着が生れてくる。……対象があってこころがあって認識すると、間に強烈なボンドのような粘着機能が入っているのです。粘着力があるから対象と認識が強く結びついて離れなくなるのです。その間でサティを入れるのです、実況中継で。粘着力がどんどんなくなるために。最終的にすべて無常だとなると、粘着がなくなってしまう。そこで無執着という悟りのこころが生れているのです。だから、自分の粘着力はいまどの程度かと見ていったほうがいいのです。時には粘着機能が起きたり、なくなったり、いろいろです。粘着機能を切って、切って、「これからはもう粘着はないんだぞ」というところが悟りの境地なのです。

◆慈悲の冥想

慈悲の冥想は、大人の人格をつくるための方法です。

◆「しっかりした人間」にはどうすればなれるか?

我々は誰でもしっかりした人間ではないのです。誰もがみじめでだらしない。理由は自分の心の中で妄想が渦巻いて竜巻を起しているからです。妄想の世界は現実とまったく関係ない。現実と関係ない妄想をして、妄想が決めたように現実に対応することは話にならないのです。

私が誰かのことを勝手に「鬼だ!」とおもう。その人を鬼と思って怯えたり、鬼を退治しようとしたら病院に入れられるだけでしょう。

妄想がなければおのずとしっかりした人間です。ヴィパッサナー冥想はその道なのです。決して「しっかりした人間になってやるぞ」と思う必要はない。それは妄想です。ただヴィパッサナー冥想を続ければ、自分が気付かないうちに、しっかりした人間になっているのです。

わざわざしっかりした人間になると思わなくてもいいのです。なれます!

(法話メモ:佐藤哲朗)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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このページは、naagitaが2008年1月26日 01:56に書いたブログ記事です。

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