2007年5月アーカイブ

5月26,27日の両日、東京都渋谷区の代々木公園イベント広場にて、スリランカ・フェスティバル2007(主催:スリランカ大使館)が開催されました。今年で4回目となる恒例イベント。ブースの数も来客数も右肩上がりで、今年もたいへんな混雑でした。過去3回ともブースを出している日本テーラワーダ仏教協会は、今年も八王子の正山寺国際仏教センター、佐原の蘭華寺と共同でブースを出展しました。

主な展示内容は、仮説の仏教寺院(礼拝所)での法事と比丘サンガによる祝福の聖糸の授与。釈尊の生涯を描いたスリランカ仏教絵画のパネル展、関連書籍などの頒布、シンハラ文字で描くパーリ聖典の『写経』コーナーでした。以下、当日の模様を写真で紹介いたします。

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イベント開会時間にあわせて、仮説寺院(礼拝所)にて、お坊様方とスタッフ一同でパーリ語の礼拝と読経をしました。お昼のブッダ・プージャ(お釈迦様へのお供え)もお寺と同様に行いました。

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正山寺から出展されたシンハラ語法話CDや本など。パーリ語のパリッタ(護経)のCDは500円と安価だったこともあって、すぐに完売。

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日本テーラワーダ仏教協会の頒布品はスマナサーラ長老の著書を中心に。例年と比べて、書籍コーナーはたいへん反響が大きかったです。スマナサーラ長老の著書の認知度が想像以上に上がっていることの現われでしょう。

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スリランカ料理のブースほどではないですが、終日人波が絶えなかった仏教ブース前の様子。ちょっと外にいるだけで肌がひりひりするような強い日差しでした。

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お坊様方が交替で祝福の聖糸を授与されているところ。今年も用意した糸が足りなくなるくらい、たくさんの方が祝福を受けました。

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ダンミッサラ長老がスリランカ人のご家族に臨時の法要を執り行っているところ。

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26日はブース内に展示していた仏伝パネルを27日はブース外に展示。多くの方が見入っていました。

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「仏伝」というにはちょっとバランスの悪い場面選択でしたが、異国情緒あふれるスリランカ絵画で観るお釈迦様の一生はけっこう新鮮だったと思います。

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ダンマーサナの酒主浄忍師が考案されたシンハラ文字のパーリ経典『写経』コーナーが大盛況。用意した写経用紙が足りなくなって追加製作したものも完全になくなってしまいました。写経に参加したのはほとんど日本人。それからスリランカ人と日本人のカップルが少々。『写経』という文化自体が日本独特なので、スリランカのお坊様方も珍しがっていました。今年の大ヒット企画でした。(写真は26日のもの)

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『写経』用に用意したのはカラーペン。枠の装飾部分や日本語訳まで丁寧に塗り分けて時間をかけて仕上げる方もいたりして、皆さん、『写経』と『塗り絵』のミックスしたような楽しみ方をされていました。スリランカと日本の仏教文化の見事なコラボレーションですね。

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26日はかやの木会館の月例講演会、27日はゴータミー精舎のヴィパッサナー冥想会と、多忙な中駆けつけてくださったスマナサーラ長老。協会の展示内容についても、さりげなく、的確な助言を下さいました。

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ちょっと余談。隣のブースはキングココナッツジュースの叩き売り?両日共に早々と完売していました。テントの裏はココナッツジュースの殻で、懐かしい「スリランカの路地裏」の匂いがしていました。完売した後は、スタッフの皆さん、アラックやビールをあおって閉会までずーっと宴会をしていました(静かな飲み会でしたよ)。カーテンの布地一枚隔てて、聖と俗が共存(笑)。

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子供たちに人気だったのは何といってもこのバルーントランポリン。昔遊んだデパートの遊園地を思い出して、心が温かくなりました。こんなキラーチューンのすぐ横にブースを確保できたのもちょっとした「勝因」のひとつかな。

今回は忙しくて他のブースをゆっくり見る暇がありませんでしたが、物販のレパートリーもとりどりで、協会ブース以外にもスリランカのお坊様が主催する仏教系NGOなども散見されるなど、年々イベントとして厚みを増していることを実感しました。

お坊様とボランティアスタッフの皆様の功徳に随喜し、たくさんの方と仏縁を結ぶことのできた喜びとともに、一切衆生に廻向いたします。お幸せでありますように。(だいたいの写真と文:佐藤哲朗)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「『仏教的』経営コンサルティング」(19分44秒)をダウンロード

Dsc_0040アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。5月24日 「上座仏教教室」の質疑応答より。

日本の企業には不自然、アンバランスというものがよく見られるのです。我々は自然法則を壊しているのですが、自然法則を壊したら確実に負け。わたしたちが「自然」そのものだからね。

自然の流れは、限りない人間の妄想どおりにはなりません。企業活動も、法則(ダンマ)にのっとって行わなければならないのです。どんなに欲張って利益を追求しても、自然法則には逆らえません。自然の法則をそのまま見届ける落ち着き、冷静さ、が不可欠です。

自然法則に逆らって生きると、限りない苦しみに襲われます。それで能力も低下してしまうのです。経営者が冷静さを失ったとき、感情的になったとき、企業は危機を迎えます。事実を見ても例外なくそうです。儲けてやるぞ、儲けてやるぞ、と自然に逆らって妄想で欲を出したとたんに、「もうあなたはいりません、この宇宙から」とお払い箱にされるのです。

自然法則には「均衡性」を維持するはたらきがあります。だから何も不可思議なことは起こりません。妄想がそこに割り込むと問題が起こるのです。自然法則を壊して欲を追求しても、自然法則は壊せない。自然法則を壊そうとした人が壊れるのです。無常を理解して、冷静になることが勝利の道なのです。

人間は欲や怒りでかなり無駄遣いするんです。政府をはじめとする恐ろしい無駄遣い、それを指摘されても、わざと問題を複雜にしてさらに無駄使いを増やすカラクリをする。「節約の知恵」の欠如が日本社会を深く蝕んでいます。仏教は無駄遣いを禁止しています。浮いたお金があったら、人助けに使ってください。それで貴方は幸福になりますよと。

常に冷静に、常に明るく、笑顔を絶対に絶やさないこと。儲けるコツは、明るさにあるんです。人はどうせ何かを買うなら、明るい人から買いたいんです。仏教的には、「儲け主義」自体がダメです。我々は社会に対して何かをしてあげる。してあげたら、それなりの見返りは社会も与えてくれる。それが正しい商売です。

仏教徒は、利益の数字ではなくて、「自分が社会に何をしてあげたか」ということに必死になるんです。「自分が何をしてあげればいいのか?」と思った時点で、自分の向上も成り立ちます。

経営者が管理できるのは「(社会のために)してあげる・貢献する」セクションです。「貰う」セクションは管轄外なのです。貢献主義で正しく仕事すれば、「貰う」ものは、法則でついてくるもの。どんな業種であっても、この法則は同じことです。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

「障害を乗り越えて「慈悲」を育てる/ペットロスで悩む人へ」(14分47秒)をダウンロード

A. Sumanasara thero. Photo by Harumi Aida

アルボムッレ・スマナサーラ長老の法話ポッドキャスティングです。5月10日 「ヴィパッサナー瞑想と法話の会」瞑想指導の前の質疑応答より。

  • (障害を乗り越えて「慈悲」を育てる)誰でも自分の都合のために他の生命を殺しているのです。でも「それでいい」と認めることなんかできるでしょうか? 慈悲を育てるためには障害がたくさんあります。でも世の中で簡単なことなんかないのです。私たちは日々努力して一歩ずつ前進しなくてはならないのです。
  • (ペットロスで悩む人へ)ペットを飼って面倒を見てあげることはいいのです。ただペットに依存している状態はよくありません。ペットだけに依存的に愛情を注ぎ、人間を嫌うというのはとんでもないことです。

(2007年5月10日 千駄ヶ谷区民会館にて収録)

~生きとしいけるものが幸せでありますように~

ウェーサーカ祝福法話(Google Video)44分12秒
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5月12日、ゴータミー精舎ウェーサーカ祭におけるスマナサーラ長老の祝福法話をGoogle Videoにて公開中。パーリ小部ウダーナ2ムチャリンダ品2(udaana2 mucalinda-vagga2)で釈尊が説かれた「世における欲望の安楽も、天におけるこの安楽も、渇愛の滅尽という安楽の、十六分の一にも 値しない」という偈を引用して、釈尊の教えが「最高の幸福への道」であることを示された、力強いご説法です。ぜひご覧ください。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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■本日5月12日(土)午前10時より、スリランカ・日本・ミャンマー・ネパールより総勢15名の出家比丘サンガのお坊様方をゴータミー精舎にお迎えして、ウェーサーカ祭のお布施式と法要、記念講演が開催 されました。幸い好天に恵まれたこともあり、ゴータミー精舎にはお布施参加者を含めて150名近くが参集し、お釈迦様の降誕・成道・般涅槃を記念する ウェーサーカをともにお祝いしました。

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■ゴータミー精舎は五色の仏旗とスリランカ風ウェーサーカ灯篭(八王子正山寺のスダンマ師が先生になってお坊様方が制作)などで美しく飾り付けられました。

Vicittaseyado ■精舎本堂に法要参加者がぎっしり集まった頃、ミャンマーのウィセッタ長老を先頭に、比丘サンガのお坊様方がご入場。「サードゥ!」の声と共にお迎えしました。

Ohuseraihai ■「今日の法事が終わる頃には、皆様のお顔が今よりもさらに喜びに満たされていることでしょう」という小西会長による開会のご挨拶のあと、比丘サンガより皆で三帰依五戒を受け、お釈迦様へのブッダ・プージャ(お食事のお供え)の儀式を執り行いました。続けて、比丘サンガへの食事のお布施儀式です。合掌してパーリ語と日本語でお布施の言葉を唱える参加者。比丘サンガから短い祝福の言葉を賜りました。

Ohusenosina ■参加者の皆さんが持ち寄った食事のお布施の品々が並びます。デザートも含めると用意した大テーブルに乗り切らず、何度もお皿を入れ替えたほどでした。

Syokujiohuse ■お坊様方への食事のお布施の風景。ひとり一品づつ手にとって、お坊様全員に順番に取り分けていきました。「もう充分いただきました」というときには、お坊様はお皿の上に手をかざして、その意志を示されます。

1fsyokuji ■食事のお布施に続いて記念品などのお布施が行われ、比丘サンガよりウェーサーカの由縁と、仏法僧への帰依によって、人間として生まれたことの素晴らしさを自覚して幸福に生きてください、という内容のご法話を賜りました。12時ごろにお坊様方が本堂から退出されると、在家参加者の食事の時間となりました。一階仏殿と食堂が開放され、バイキング方式で持ち寄られた食事をいただきました。向かい側の旧玉川上水緑道などでの青空ランチを楽しむ人も。

Ramanashrestha ■午後1時半頃から、ウェーサーカ祭午後の部が開会。仏法僧の三宝に帰依する偈を全員で唱えた後、昨年ウェーサーカ祭を共催した在日ネパール人団体、ネワー国際フォーラムジャパンの会長、加藤ギャヌ・マナンダールお姉さんと、八王子の戒壇認定寺院禅東院の大石貴弘副住職より来賓ご挨拶をいただきました。

■続いてネパールで仏教歌謡の歌い手として有名なRamana Shresthaさんから、ブッダに捧げる賛仏歌が奉納されました。一瞬にしてゴータミー精舎がインド亜大陸の石窟寺院に変身したかと錯覚するような、深みのある素晴らしい詠唱。作曲されたのは、ネパールから参加されたソービタ長老ご自身だそうです。後ほど購入させていただいたRamana ShresthaさんのCDはソービタ長老の読経と賛仏歌のコラボというたいへん珍しい内容でした。

Sumanasarathero ■今年のウェーサーカ祭祝福法話は、アルボムッレ・スマナサーラ長老(Ven.Alubomulle Sumanasara Nayaka  Thero)。パーリ小部ウダーナ2ムチャリンダ品2(udaana2 mucalinda-vagga2)において釈尊が説かれた偈「世における欲望の安楽も、天におけるこの安楽も、渇愛の滅尽という安楽の、十六分の一にも値しない」を引用して、釈尊の教えが「最高の幸福への道」であることを示された、力強いご説法でした。Google Videoに動画をアップロード(44分12秒)したので、ぜひご覧ください。

Syukuhukupm■スマナサーラ長老のご法話の後、参加者全員にご本尊のお釈迦様とから糸を回して比丘サンガによる祝福の読経を賜りました。宝経や慈経など皆もよく覚えている経典を唱えてくださったので、唱和される方も多く、ものすごい迫力の読経会になりました。

■サードゥ!の三唱で祝福の読経が終わると、本日の記念に授与された施本と記念品のご説明。まず昨年逝去されたK.スリダンマナンダ大僧正の法話集『WHY WORRY! 第二部 悩みを乗り越える LIVE WITHOUT FEAR & WORRY』。二冊目は文:アルボムッレ・スマナサーラ長老、絵:玉城雪子『ジャータカ絵本 鹿の王様』。そして正田大観師がこの日のためにお布施してくださった初期仏教聖典アンソロジー『ブッダの福音』(サンガより発売予定)。そして、江原通子さんがお布施してくださった甘茶クッキー。『WHY WORRY! 第二部』と『ジャータカ絵本 鹿の王様』は6月号、7月号のパティパダーに同封して、日本テーラワーダ仏教協会会員の皆様にお届けする予定です。どうぞお楽しみに。

Ito ■最後に参加者全員が比丘サンガのお坊様方からお守りの聖糸を結んでいただき、「ね、皆さん、私が最初に言ったとおりでしょ?」とゆー小西会長の閉会挨拶をもって今年のゴータミー精舎ウェーサーカ祭は無事終了。スリランカから来日され、成田空港からその足でゴータミー精舎に駆けつけてくださり、クーラー不調で暑い室内で長時間の法事を勤めてくださった長老方の慈悲のお心には感謝の言葉もありません。

Kinensatuei ■最後に花道をつくってサードゥの声でお坊様方を送りだそうと思ったら、にわかにお坊様同士の記念撮影大会がはじまってしまいました。これでまた一気に場の雰囲気が和みましたね。予定よりずいぶん早く、15:30過ぎには閉会となったので、その分皆様、一階仏殿での茶話会が盛り上がっていました。結果的には、例年以上に楽しい、笑顔にあふれた、素晴らしいウェーサーカ祭になったと思います。皆様の徳に随喜&感謝でございます。

Nami_1 ■ゴータミー精舎の寺猫ナミもコンパニオンアニマル道を邁進して一生懸命、皆さんに愛想を振りまいていました。それに引き換えイナリは……事務所の倉庫に引きこもって、最後まで出てきませんでした。でもそんなダメなところが可愛いんだな。

以上、文責:佐藤哲朗 写真:相田晴美(寺猫のみ佐藤哲朗)でお届けしました。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~


 


 

「経典解説:『何が我々を束縛するのか?』チッタ居士の名回答」(56分10秒)をダウンロード

A. Sumanasara thero. Photo by Harumi Aida

スマナサーラ長老の法話ポッドキャストです。

今回は、パーリ経典講義。相応部経典:六処篇:チッタ相応()より、「束縛(繋縛)」(S41 1)という経典を取り上げます。優れた在家仏教徒であったチッタ居士が、僧侶のあいだで起こった論争を見事に解決した、という経典。

故・増谷文雄氏はチッタ居士を大乗経典の『維摩経(ゆいまきょう)』に登場する維摩居士のモデルになった人物ではないかと推測しています。

もちろん三宝に深く帰依するチッタ居士は、後世に創作された維摩居士のように阿羅漢方を誹謗するようなことはしません。出家者に敬意を払いつつ、悟りの世界では先輩である立場から、出家者の誤りもすぐに正してあげるのです。現代の我々もチッタ居士から学ぶべきことは多いと思います。

『一切の煩悩は認識の中で生まれます。「この世に誘惑がいっぱいあるんだよ」云々俗世間で言うけれど、色声香味触法は、眼耳鼻舌身意の束縛というわけではありません。束縛は六根(六内処)と六境(六外処)を繋ぐ「鎖」「くびき」なのです。

 では、眼と色の間で何が束縛になるのでしょうか? 耳と声の間で、鼻と香の間で、何が束縛になるのでしょうか? 両方に「チャンダラーガ」が起こるのです。この「チャンダラーガ」こそが束縛なのです。チャンダラーガは、チャンダ(意欲)とラーガ(貪欲)の熟語です。チャンダ(意欲)には善も悪もありません。何に意欲があるのか、ということによって善悪が変わるのです。このチャンダ(意欲)のはたらきを理解することが、ヴィパッサナー修行を成功させる鍵になります。』(2007年4月20日パーリ経典解説より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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