流れる川のように生きる (スマナサーラ長老の法話より)

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Dsc_82781月28日14:00より、スマナサーラ長老のヴィパッサナー瞑想指導の会(於:ゴータミー精舎)を開催。テレビ東京日曜夕方(18:30-19:00 サザエさんの裏)の番組「トコトン ハテナ」の取材が入りました(2月25日(日)に放映予定)。

初心者指導には20名以上が参加。質疑応答の時間も、素直な質問が多くてためになったと思います。ご法話のおわりごろ、スマナサーラ長老が「自分」を川の流れにたとえてお話したくだり、信じられないほど美しかったので、メモから紹介します。

流れる川のように生きる

変わらない自分はいません。瞬間瞬間、自分は変わるんです。
だから瞬間瞬間、自分が幸せであるように生きることです。
自分というのは、流れる川のようなものです。
生きることは「流れ」ですから、変わらない「自我」は成り立たないのです。
自我が出たとたん、ワガママになって、物事がみえなくなって、頑固になって不幸になってしまう。
自我の気持ちがあるから、ものすごく苦しみが生まれる。
ケンカすることも、落ち込むことも、強烈な自我なんです。
全部流れるのです。嫌なことがあってもその瞬間だけ。
川は流れるものだから、止まったら、もう川ではないのです。
川は流れるけれど、暴流になって氾濫したら皆が困るでしょう?
川が美しく流れるとき、両岸の土地にも水を与えて、農作物にも水を与えながら、皆に幸福を与えながら、海に注ぐのです。
自分という川が、自他に迷惑かけることなく流れることが、幸福なんです。
美しく流れる川は、ダムを作ればそこで発電できる。
田んぼを作ればそこに栄養与えてくれるし、あらゆる生命がそこで生きていられる。
そうやって、美しく海に流れていく。
我々もそんなしっかりした川のように生きていかないといけないんです。
(アルボムッレ・スマナサーラ長老 28.Jan.2007 ゴータミー精舎での法話より)

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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このページは、naagitaが2007年1月29日 10:50に書いたブログ記事です。

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