[Dhannacast]在家聖者とブッダの対話 預流果(最初の悟り)へ至る条件(1/3)

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お待たせしました!今週のDhammacastはスマナサーラ長老による最新のパーリ経典解説より。在家の聖者(預流果に悟った方)であったマハーナーマ居士(摩訶男 釈迦族)とお釈迦さまの対話を通して、預流果(最初の悟り)へ至る条件とは何かを考察します。仏教の信(saddhA)に関する詳細な説明、仏説を知的に解釈することの妥当性と危険性など、興味深い論点がたくさん含まれた法話です。

※ココログのアップロード制限のため、三ファイルに分けて配信しています。
その1(1/3) その2(2/3) その3(3/3)

配布資料:相応部大篇第11預流相応第3百手品(PTS版 SN V 369p)
摩訶男(1)、(2)、沙陀(摩訶男(3)) PDFファイルをダウンロード

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参考資料:当日の講義メモより

相応部大篇第11預流相応第3百手品(PTS版 SN V 369p)
摩訶男(1)、(2)、沙陀(摩訶男(3))

●摩訶男(1) 1/3~2/3に収録
マハーナーマ居士と釈尊の対話より
世間人 私は絶対死なない、と思っている。
仏教徒 いつ死ぬか分からないぞ、と思っている。
そこが微妙な差です。

ブッダは証拠を出して語ります。信じるだけの世界ではない。

1) saddhaa-paribhaavitaM cittaM 信により心を調教している(育てている)
 saddhaa
 いわゆる信仰2種類
 A)俗世間の信。証拠に基づいて信じること。
 B)宗教的信仰。証拠なしに信じる。

仏教の信 saddhaa とは?
 A)俗世間の信。証拠に基づいて信じる。(ブッダが証拠を出して話します)いろんなことに興味ある段階。仏教もいいよね。
 B)仏教的信仰。ブッダの教えを自分で研究して調べて、発見して理解して、納得して信じる。確信すること。ここでようやく仏教徒。

仏教では「信」だけでも人格が向上する。ブッダの教えに心底「納得する」ことはものすごく重要。それだけで預流果に至るのです。

2) siila-paribhaavitaM cittaM 戒により心を調教している
道徳的に生きてみる。
3) suta-paribhaavitaM cittaM 学習(所聞)により心を調教している
人格向上に役立つことを学ぶ。
4) caaga-paribhaavitaM cittaM 施し(施捨)により心を調教している
掌を握って生きるのではなく、掌を開いて生きる。(文学的表現)
5) pan~n~aa--paribhaavitaM cittaM 智慧により心を調教している
真理の目で物事を見る。無常という眼差しでものごとを理解する。
無常・苦・無我 四聖諦を発見する。

この5つで人格者になる。毎日頑張らないといけない高レベルの目標。

●摩訶男(2) 2/3~3/3に収録
(1)と同じフォーマットの経典

ariyasaavako nibbaananinno hoti 涅槃に傾いている(趣向せる)聖弟子
預流果の四つの条件 
1) ブッダ(如来 Common nounとしてのブッダ)への確信を成就している
buddhe aveccappasaadena samannaagato
2) ダンマへの確信を成就している
3) サンガへの確信を成就している
4) 聖なる(ariyakantehi)戒律(壊れない…禅定に資する)を成就している
「揺るぎない」「揺るぐはずがない」この4つがあれば、預流果に達する。

●沙陀(摩訶男(3)) 3/3に収録
マハーナーマさんと沙陀(ゴーダー)さんの「論争」と釈尊の言葉。
ふたりとも預流果を得ている。預流果の条件についての見解の相違。

沙陀:条件は3つだと理解しています。仏・法・僧への確信の成就。

摩訶男:条件は4つだと理解しています。仏・法・僧への確信の成就。聖なる戒律の成就。

ふたりで釈尊のもとへ赴きます。

摩訶男:何かについて ブッダとその他全世界(全サンガ・沙門・バラモン・人・天・魔)の意見が対立しても、私はブッダにつきます。ブッダへの確信を表明。

沙陀:いやぁ、そこまで言われると摩訶男さんにkalyaaNa, kusala 以外何も言えませんね。

※彼も戒が無用とは思っていない。でも、仏法僧への確信に当然戒が含まれる、という知的な解釈。聞き手が誤解して脱線する危険がある。やはり定義として話す場合は4つ必要です。

~生きとし生けるものが幸せでありますように~

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このページは、naagitaが2005年11月18日 15:38に書いたブログ記事です。

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